Feb 24, 2011

次の職?一切考えてませんです、ハイ

久々に間隔が空いた更新ですね。
近況がてらさらっとまとめると、
oklkさん私生活で色々とあった&Jihey、バンドとして本格再起動
という感じです。お仕事ヤメチャイマシタ。
しばらくはニート生活で延々曲作ろうと画策してます。
勿論、自閉も新展開を迎えそうな局面にあります。
新曲鋭意製作中。今年やらなきゃ何時やるんだよと意気込み込みです。


lom(n)名義の東方アレンジと、自閉オリジナル曲。
自分の修行としての場所と、自分を曝け出せる場所。
どっちも自分を構成する、というか自己表現出来る場として
「音楽」という趣味に傾倒し他を放棄し、生活を賭けるいい機会だと思い
そもそも「音楽製作とは何なんだろう」という事を考えてみました。

よく、音楽番組とか雑誌とかで、
バンドやシンガーの事を「ミュージシャン」ではなく「アーティスト」と呼びますが、
一つ疑問。音楽ってそんな「アート」として捉えられる程に高尚なもんか?と。
例えば、
「コレを聞いて感動した」とか、
「ココの展開が綺麗なんだよ」とか、
「コイツらのライブ凄すぎ」とか、
もうちょい行くと、「このコード進行でこのメロディ考えるとかすげえよ」とか。
歌詞に共感したり、曲に感動したり、耳から伝わってイマジネーションを膨らませたり、
といった風に、音楽が持つ力というのは確実に有ると思う…んですが
はたしてソレが「アート」なのでしょうか?

「アート」として捉えられる理由として考えられるのは、
単体曲や、アルバム全体を聞いて「心を動かされる」点にあると考えます。
よく紹介される事例で言うと「感動」「共感」「共鳴」「感嘆」などなど。
ライブだと、その場に溢れる「世界観」とか、ぶっちゃけると「同調意識」とか。

私としては、そういう風潮に異を唱えるというか、正直ファックっすね、というか。
「感動させちゃうさせられちゃう」とか考える時点で無理。
そもそも購入するまでは能動的と言えますが、どう感じるかは千差万別であるはずで。
千差万別であるはずなのに、異口同音に「共感出来た」とか表現される現状。
違法ダウンロードがどうとか、Youtubeやニコ動がどうとか、着うたフルがどうとか、
某団体よろしく「CDが売れない」という原因というのは、そんな大した問題ではなく
「いちいち音楽ごとき、聞き方や感想縛られてまで聞きたくねえよ」という事だと思います。

文芸、絵画、建築、彫刻etc…
じゃあ「アート」と言われるモノとは何か?と問われるとすれば、
「その作品の中に「自分自身を発見」してしまった」瞬間がある事、
それに尽きると思います。
小難しい事でもなく、かといって決して「共感」とか「感動」とか安い言葉でもなく
そこに自分自身を「発見」してしまった時、それを芸術と呼ぶにふさわしいと思います。
そしてそれが不特定多数に同様の「発見」が成された時、天才というかと。


さて本題ですが、というか提案ですが
「いい加減、アーティストって呼ばれて悦に入らないでおこうぜ」と。
というか「ミュージシャン」に回帰する事から始めようぜと。
断言しますが、今の状態鑑みて音楽は芸術になり得ない。
Jiheyとかオレとか木っ端同人界隈の話ではなく、今現在音楽を作っている人達みんな。
もっと尖がって、自分自身満足させて、全力投球でもいいし、
ちょっとユルめに、でも自分自身満足させて、鼻くそほじりながらでもいいし、
そこから自信を持って生まれたモノが、特定少数にでも他人に「発見」されるように、
売り手は矜持を持って、買い手はもっと自由に、
音楽を「楽しんで」初めて、徐々に変わっていけるんじゃないか、と願います。


・・・と久々の更新で長文になりました。
クソふざけた曲作ってた反動でクソ真面目な文になっちゃいました。
まあ、たまにはYoutube貼りも無しな更新もアリかなあと。
以上、何となく疑問符が浮かんだ事を適当に考えてみた、の回でした。

Posted at 18:36 Permanent link in oklk | WriteBacks (0) | Edit
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